第1回 理由提示について考える
はじめに
処分庁が営業許可申請に対する不許可処分や営業停止処分・営業取消処分などの不利益処分をするときには、行政手続法等(注1)の定めによって、原則として、処分の相手方に当該処分をした理由を示す必要があります(理由提示)(注2)。理由提示は重要な行政手続の一つとされていますので、これを欠く場合、または、行政手続法等の要求を充たさない不十分なものである場合、当該処分の取消事由になると解されています(注3)。ところが、行政実務をみてみると、理由提示に処分の根拠条文しか示していないなど、理由提示の記載が不十分で行政手続法等の要求を充たさないものが少なくありません。どうしてこういう事態が生じるのでしょうか。
その理由は―あくまで私見ですが―処分庁が理由提示を重視しておらず、そのため理由提示の重要性が十分に理解されていないからではないでしょうか。処分庁は、通常の場合、事前に処分の相手方と接触することなく不利益処分や申請拒否処分をすることはまず考えられません。処分庁は、不利益処分をする場合には聴聞手続や弁明手続をとっているはずですし、申請拒否処分の場合にも当該処分に至る過程で処分の相手方から聴き取りをし、あるいは処分について説明をするなど、相手方へ当該処分に関してそれ相当の情報提供などをしているはずです。こういう事情から処分庁は、相手方は処分を受ける実質的な理由は分かっているはずだと考え、理由提示は形式的なものに過ぎないと理解しているのではないかと想像されます。
しかし、前述のとおり、理由提示はそれ自体が重要な行政手続の一つとされており、決して形式的なものではありません。もし処分庁の理由提示についての認識が前述のようなものだとすれば改める必要があるでしょう。そういうことで、今回は、処分の理由提示を掘り下げて考えてみることにします。
(注1) ここでは、行政手続法および個別法で行政手続を定めてい る法令を意味します。
(注2) 行政手続法8条、同法14条。理由提示は、法律上口頭ですることも想定されていますが、通常、処分書に付記する形がとられ、これを「理由付記」といいます。
(注3) この点については行政手続法制定の前後を問わず判例は一貫しています。例えば、最判昭37.12.26、最判昭38.5.31、最判昭60.1.22、最判平4.12.10、最判平23.6.7など。
理由提示の内容・程度について
おそらく理由提示についての一番の問題は、行政手続法等の要求を充たすためには処分理由として何をどのくらい書けばよいのかという問題、つまり理由提示の内容・程度の問題だと思います。この問題に言及している判例はたくさんありますが、ここでは、適宜、重要と思われる判例を参照して理由提示の内容・程度等について考えてみることにします。
⑴ 一般に理由提示が求められる趣旨は、①処分の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制することと、②処分の理由を申請者〔処分の名あて人〕に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることとされています(注4)。少し詳しく言いますと、①は処分庁に処分理由をきちんと示させることによって、恣意的あるいは軽率な処分を防止するとの趣旨(恣意抑制機能=慎重配慮確保機能)、②は処分理由を処分の名あて人に通知することによって、名あて人の争訟提起に便宜を図る趣旨(争訟提起便宜機能)ということです。そして、判例は、この理由提示の趣旨から必要な理由提示の内容・程度を導くという論理を展開しています。
⑵ これら理由提示の趣旨から、処分理由として少なくとも、次の二つのことは記載しなければならないでしょう。すなわち、①当該処分をする基礎となった具体的な事実関係、および②その事実関係に基づき当該処分をすることの根拠となる(行政)法規です。この点を明言しているのは旅券の発給拒否処分に係る最高裁昭和60年1月22日判決です。この判決は、理由提示は「いかなる事実関係に基づき」、「いかなる法規を適用して」処分がされたのかを「申請者においてその記載自体から了知しうるもの」でなければならないとした上で、処分の「根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の基礎となつた事実関係をも当然知りうるような場合を別として」、理由提示(理由付記)として「十分でない」としています。
⑶ それでは、①、②を記載さえすれば常に理由提示として十分といえるのでしょうか。実は、十分とはいえないケースがあります。具体的には建築士免許取消の懲戒処分に係る最高裁平成23年6月7日判決のようなケースです。この判決では、①、②の他に、③「処分基準の適用関係」をも示さなければ理由提示としては不十分だと判示しています(注5)。
もっとも、この判決は、あらゆるケースで③の記載が必要と述べているわけではありません。本件で①、②の他に③の記載まで必要とされたのは、次のような事実があったからだと考えられます。すなわち、第1)本件では「処分基準」が定められ、かつ、公にされていたという事実です。このことにより、原則として、処分権の行使は「処分基準」に羈束されると考えられます(注6)。第2)本件「処分基準」は「多様な事例に対応すべくかなり複雑なもの」であるため「本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名あて人において・・・いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難である」という事実です。要するに、当該処分について具体的に「処分基準」のどの規定を適用してなされたものか不明、ないしは(合理的な)説明が困難であるということです(だから処分庁が説明しなければならない、という理屈になるのでしょう)。
そうすると、少なくともこの判決と同様の事実が認められるケースでは、処分庁は上記①、②に加えて、③「処分基準」の「適用関係」をも理由提示において示す必要があるといえるでしょう。
⑷ 以上の他に理由提示として①、②の記載だけで足りない場合はあるのでしょうか。考えられるのは、申請拒否処分における理由提示での「審査基準」の適用関係の記載です。これについての最高裁判例は見当たらないようですので、⑶で取り上げた最高裁平成23年6月7日判決に即して、第1)、第2)の事実の有無という観点から考えてみたいと思います。
「審査基準」の場合は、「処分基準」と異なり、その設定・公表は行政手続法上の義務とされています(行政手続法5条1項)。したがって、第1)の事実はありと理解してよいので、問題は、第2)の事実の有無ということになります。この点については、上記判決と同様に考えれば、当該処分について具体的に「審査基準」のどの規定を適用してなされたものか不明、ないしは(合理的な)説明が困難である場合に第2)の事実ありと解することになるでしょう。したがって、この場合には理由提示で①、②の他「審査基準」の「適用関係」まで示す必要があることになります。他方、当該処分について具体的に「審査基準」のどの規定を適用してなされたものか明らかな場合には、理由提示で①、②が示されていれば、「審査基準」の「適用関係」まで示さなくても、理由提示の瑕疵にはならないと考えられます。
(注4)最判昭60.1.22など理由提示が論点になっているほぼ全ての判例が理由提示の趣旨に触れています。
(注5)具体的には次のように判示しています。すなわち「建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる」。
(注6)行政手続法では「処分基準」の設定・公表は努力義務にとどまっていますが(法12条1項)、行政庁が「処分基準」を設定・公表している場合、判例は「処分基準」に処分庁の裁量を羈束する効力を認めています(最判平27.3.3)。
理由提示と弁明手続・聴聞手続との関係について
処分庁は、不利益処分をする場合には、原則として、聴聞手続や弁明手続をとる必要があり(行政手続法13条)、これらの手続において不利益処分の名あて人となるべき者に対して「予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項」および「不利益処分の原因となる事実」を通知しなければならないことになっています(同法15条1項1号、2号、同法30条1号、2号)。また、聴聞手続の場合、当事者等は聴聞調書や聴聞主宰者の報告書の閲覧を求めることもできます(同法24条4項)。
不利益処分の場合には、このような事前手続があり、この手続によって処分の名あて人は処分理由を相当程度知り得る、あるいは予測できると考えられます。そのため、聴聞手続や弁明手続を経た場合は、たとえ理由提示の内容・程度に不備があったとしても処分の取消事由にはならないのではないかが問題になります。
結論からいえば、聴聞手続や弁明手続を経た場合でも、必要な理由提示の内容・程度に変わりはない、したがって、理由提示の内容・程度として、これまで述べてきたところが妥当すると考えるべきでしょう。何故ならば、①事前手続である聴聞手続や弁明手続と処分時における理由提示は別個の手続であること、また②処分は聴聞手続や弁明手続を踏まえてなされるものであるから、事前手続で示された理由と処分時の理由は異なることがあり、したがって、事前手続と理由提示は実質的にも併存させる理由があるからです(注7)。ちなみに、判例も、控訴審を中心に、このような考え方が多数のようです(注8)。
(注7)この点につき、東京高判平24.12.12は次のように判示しています。少し長くなりますが引用しますと「理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保することも目的とするものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならないというべきであり,是正指導や聴聞手続等での説明をもって理由付記に代えることはできない。また,処分に先行した是正指導や聴聞手続は,本件各処分とは別個のもので,それらの手続により控訴人の意見や弁明を徴し,対応を見極めた上で本件各処分がされたものであって,処分の理由がそれらの手続における説明と全く一致するとは限らないから,その関係を明らかにするためにも,是正指導や聴聞手続で説明された処分根拠事実と本件各処分の根拠事実との異同の有無を認識するに足りる程度の理由は,本件各処分の記載自体においてされる必要があるというべきである。」
(注8)上記東京高裁の判決の他、名古屋高判平25.4.26、名古屋高判平25.10.2、熊本地判平26.10.22など。反対の見解をとるものとして高松地判平12.1.11など。
おわりに
以上、やや論点つまみ食い的になりましたが理由提示について考えてきました。なお、この記事は、学術論文の類いではなく、あくまで個人的な研究ノートもどきの雑記・雑文です。したがって、もとより論点を網羅するものではありませんし、注なども最低限のものにとどめています。そういう性質のものですので、記事に対する質問・意見・批判などには対応できませんのでご了承いただければ幸いです。